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『まちづくり人間』
―30代半ばから常に私の頭の中にあるキーワードです。
大それたことでなくてもいい、自分の興味のあることや出来ることを通じて、何か『まち』のお役に立つことができないか?
そして、そんな想いをもった人たちと手を携えて、ふるさと加古川を、素敵で活気に溢れた『まち』にするお手伝いができないか?
今、『まち』は、生みの苦しみを味わっています。悲鳴を上げています。我々が信じて作り上げてきた社会システムは、時代の変化と共に、ある意味役割を終え、次なるステップへ進化を遂げなければならない時期に来ています。
即ちそれは、まちづくり全体の方向性が、経済一辺倒から、『まち』に魅力とゆとりと言う豊かさを求める時代に入ったと言うことなのでしょう。モノやお金の尺度ではない、『人』が創る社会を目指さなければならないと言うことなのだと思うのです。
戦後、民主主義を制度として受け入れた日本は、驚異的な経済成長を遂げました。先進国に追いつけ追い越せスタイルが必要だった日本には必要なシステムだったのです。
しかしながらそれは、一方で、「まちはお上や一部の人たちが作るもの」的発想を我々に植え付けました。
今求められている社会システムは、「まちは我々が作るもの」的発想を含んだ『市民参加型システム』と考えます。
これは、何も、従来のシステムを否定するものではありません。行政の手先になる事でも、対立する事でもありません。また、行政によって与えられるものでもなく、我々が、責任ある住民として自己の負担を少しずつ出し合って成り立つものです。

図-Tに示すように、従来の行政セクターと経済セクターが強いイメージのものではなく、そこにバランス良く市民のセクターが存在するイメージのものです。
この、バランスこそが、まちづくりに『人』と言う尺度を加える大きな要素になると考えます。
しかし、この市民のセクターと言うものは、行政や産業界と比較して、その実態は非常に脆弱なものです。放っておいたら育つ事もなく、また、その存在の大切さに気づく事もなく消え去ってしまうものです。
その市民セクターの成長の為に、さまざまな市民が立ち上がり、連帯し、実験を重ねるというプロセスを大切にすることが、民主主義の基盤になると思うのです。
シーズ加古川の設立にあたり、この組織が、「市民セクターの充実」と言う息の長い、そして地道な活動の一助になれば幸いですし、また共に協働する仲間の心の支えになれば、これに優る喜びはありません。
冒頭の「メダカたちのデモクラシー」は、私の友人の造語です。小さな小さな我々の活動を、常に川上に向って懸命に泳ぐメダカとイメージをダブらせ、シーズ加古川設立のテーマといたします。
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